大往生したけりゃ医療と関わるな

  ●「自然死」の年寄りはごくわずか

  「自然死」は、いわゆる”餓死”ですが、その実態は次の様なものです。 「飢餓」・・・脳内にモルヒネ様物質が分泌される  「脱水」・・・意識レベルが下がる

  「酸欠状態」・・・脳内にモルヒネ様物質が分泌される  「炭酸ガス貯溜」・・・麻酔作用あり  死に際は、何らの医療措置も行わなければ、夢うつつの気持ちのいい、

  穏やかな状態になるということです。これが、自然の仕組みです。自然はそんなに苛酷ではないのです。我々のご先祖は、みんなこうして無事に死んでいったのです。

  ところが、ここ30〜40年、死にかけるとすぐに病院へ行く様になる等、様相が一変しました。病院は、できるだけのことをして延命を図るのが使命です。しかし、「死」を

  止めたり、治したりすることはできません。しかるに、治せない「死」対して、治す為のパターン化した医療措置を行います。例えば、食べられなくなれば鼻から管を入れ

  たり、胃瘻(いろう)(お腹に穴を開けて、そこからチューブを通じて水分、栄養を補給する手技)によって栄養を与えたり、脱水なら点滴注射で水分補給を、貧血があれば

  輸血を、小便が出なければ利尿剤を、血圧が下がれば昇圧剤という様な事です。これらは、せっかく自然が用意してくれている、ぼんやりとして不安も恐ろしさも寂しさも

  感じない幸せムードの中で死んでいける過程を、ぶち壊しているのです。しかし、患者、国民のみならず、医療者にもこの認識が欠けています。

  2011年日本老年医学会で、食べられなくなった末期の85才のアルツハイマーの患者に対して、どうするかの問いに解答した1550人のうち、すべてを控えて何もしない

  はわずか10%、胃瘻が21%、経鼻チューブ(鼻から胃まで管を通して水分、栄養を補給する手技)13%、手や足からの点滴注射が51%と半数以上を占めたとのことです。

  そして、この手や足からの点滴注射は「患者にとって医学的に必要」との考えが38%、専門医である老年科医でも、この有様です。私達は枯れかけている植物に
  
  肥料をやるでしょうか。万一、肥料を与えたとしても吸収しませんから、植物に害はありません。ところが、人間の場合は違います。体内に“肥料”を別ルートから

  無理やりに突っ込むわけです。いかに、死にゆく人間に苦痛と負担を強いているか、想像に難くないでしょう。葬儀社の方に聞くと、「昔は年寄りの納棺は、枯れて

  亡くなっているので楽だった。
しかし、今は、病院で亡くなった人の遺体は重くて大変だ」と言います。最後の最後まで点滴ずけ、水ずけですから、いわば“溺死”状態。

  重いのも当然と言わなければなりません。では、年寄りの“枯れる”時期は、正確に判断できるのか、ということになります。枯れかけているように見えても、“肥料”を

  やったら持ち直すことが間々あるではないか、確かに、癌と異なり、年寄りの”枯れる”時期の見当は、つけにくいことは事実です。でも、沢山の自然死を見てくると

  いい加減な勘というのではなく、わかってくるのです。今、病院などでは、栄養障害改善のため、医師、看護師、薬剤師、栄養士などの多職種が集まって栄養サポート

  チームを作り、患者の栄養改善に努めています。その際に使用する栄養評価方法のうち、主観的包括的評価法(SGA)で、高度栄養障害の部分を転用させて

  もらうのです。具体的には、食が細って、食事量が減り、その結果として体重減少(一ヶ月に5%以上、3ヶ月で7.5%以上、6ヶ月で10%以上)があり、歩いていた状態が

  歩けなくなったり、立つことができた状態が立てなくなったり、ちゃんと座われていた状態が身体が傾いてしまうというように、日常の生活動作に障害が出てくる

  などです。これは、血液検査データなどから想定する客観的データ評価法(ODA)に比べ、より簡便でどこでも行えるという利点があります。この様なことが

  見受けられると”枯れ始めた”と考えて、あまり外れることはありません。体重測定は毎日行えるので、チェックしやすいのです。”枯れ始めた”と思われる時点で、

  家族に話をします。今は、胃瘻という”強制人工延命措置”があり、家族、縁者で話し合って結論を出すように伝えます。この手続きを踏まないと、後で大変な騒動に

  なりかねません。
従って、「自然死」への強要や誘導は、いっさい、行うことはありません。ですから、家族から胃瘻の希望が出れば、病院への紹介状を書きます。