長生きしたければミトコンドリアの声を聞け

  日本は未曾有の少子高齢化社会に突入しています。その中で、私達は唯、漫然と時の流れに身を任せるのではなく、「少子高齢化こそが人類を幸福にする進化した社会の姿」として前向きに

  捕えるような生き方が求められているのです。少子高齢化社会の問題点をあぶり出し、将来像を描き出すことは人類の生存戦略を立てる上で重要です。しかし、地球上での人類の歴史は浅く、
  
  私達に人類の将来を見通すほどの力はありません。ならば地球上で20億年以上生き抜き、今日最も栄えた生命体であるミトコンドリアの声に耳を傾け、彼らの生存戦略に学ぶことが現代人が

  生き方を模索する上で参考になるはずです。

  ✧少子高齢化社会は人類が最も環境に適応した姿・・・少子高齢化には消極的なイメージがつきまといます。高齢者が溢れ、若者が少なくなった社会は、活気が衰え、生産性は低下し、支出が(かさ)んで

  衰退の一途を辿るような暗い将来を想像しがちです。しかし、少子高齢社会とはそれほど惨めな社会でしょうか?少子高齢化は人類進化の帰結であり、人類が最も環境に適した理想的な姿である

  とも言えます。健康で長く生きることは人類の永遠の夢である「不老長寿」に近ずくことです。高齢者が積み重ねた知識、技術や経験は次代に継承すべき貴重な財産です。少ないながらも

  大事に育てられた若者は次の世代を立派に支えていくでしょう。このように、少子高齢化は本来、人類に幸福をもたらすはずの社会なのです。年齢を重ねても社会に貢献し、子孫をさらなる繁栄に

  導くことこそが、ミトコンドリアが築いた生命進化のピラミッドの頂点に君臨する人類が歩むべき道ではないでしょうか。

  地球上に現れた最初の生物は細菌でした。細菌がより多くの子孫を残すには分裂の速度が命でした。他のどの細菌よりも多くのエネルギーを獲得し、早く分裂した細菌が生存競争に勝てたのです。

  しかし、細菌のままでは安定的な生を確保できず、やがて大量の餌を取り込めても酸素が苦手な古細菌と、餌を摂る事が下手でも酸素を利用して大量のエネルギーを生み出せるミトコンドリアの

  真性細菌がお互いの長所を生かし、欠点を補い合って共生しました。ミトコンドリアが生み出す膨大なエネルギーは生物に爆発的な進化につながりました。ミトコンドリアは宿主である細胞と協力関係を

  築くことによって地球上のどの生命体よりも繁栄することができたのです。ミトコンドリアの生存戦略は細胞や個体を長く生かすことでした。その為には、多細胞化した個々の細胞に生きる為の機能を

  分担させることが必要でした。そこでミトコンドリアは細胞と協力して「アポトーシス」という犠牲死のシステムを確立し、寿命と引き換えに選んだ有性生殖という手段で生物を多細胞化させました。

  多細胞化した生物は、様々な器官を発達させ、生存環境に適した個体が自然選択によって生き残れるようになったのです。哺乳類の出現は、少なく生んで大事に育てるという生存戦略上の進化の

  現れでした。その進化を更に進めたのが人類でした。巨大な肉体も優れた運動能力も持たない人類は、知恵を最大の武器として自然界の生存競争を闘ってきました。長く生きることによって育まれた

  知識や経験を言葉や文字にして後世に伝えることがミトコンドリアが人類に指示した生存戦略だったのです。やがて人類が築いた文明社会は、疾病という天敵を追い払い、大幅な平均寿命の延長を

  もたらしました。しかし、高齢化と少子化は、表裏一体をなしています。地球上には限られたエネルギー資源しかありません。自然の摂理に従って人類が生存していくために、高齢化は少子化によって

  相殺されなければならないのです。ミトコンドリアが決めや生命進化の歴史は、人類がこれからますます進む少子高齢化を甘んじて受け入れ、対応しなければならないことを示唆しています。中でも

  世界1の超高齢化社会を築いた我が国は、そのあるべき姿を世界に示さねばなりません。少子高齢化はエネルギー問題と密接に関係しています。生物の栄枯盛衰は常にエネルギー需要と供給の

  バランスによって決まられてきました。人類も例外ではありません。人類が戦争で滅びなければ、人類の生存を脅かすのはエネルギー問題です。地球上のエネルギー資源に限りがあるとすれば

  高齢者人口が爆発的に増加した社会で私達が選択できる道は3つです。1つは、人口を増やしつつ際限なくエネルギー消費も増やす道です。これは高度経済成長期に目指した社会ですが、将来、

  確実に人類と地球を破滅へと導きます。次の道は、個々のエネルギー消費を減らして人口を増やすことです。発展途上国型の社会に逆戻りすることです、これまでと違って慎ましい生活を強いられる

  ことになり、弱者や働けない高齢者に対する社会保証がなくなります。3番目の選択は、個々のエネルギー消費は抑えずに少子化と人口の減少を受け入れることです。誰が高齢者を支えるかという問題が

  残ります。若者が減り、活力のない高齢者が増えれば社会は沈滞するでしょう。我が国を含め多くの先進国が歩みつつあるのがこの道です。しかし、4つ目の選択肢が残されています。長寿を目指すことが

  高齢者のエゴと呼ばれない社会を作ることです。元気な高齢者が若年者を支え、お互いに切磋琢磨して活性化する社会です。高齢者の優越性は積み重ねた知識、技術と経験にあります。

  人類は今を暮らす自分たちの豊かさだけを追い求めてきました。人類は、誕生してから700万年しか経っていないのに、この百年で作り上げた文明で存続の危機を迎えています。人類が大量の

  エネルギーを消費することにより「地球温暖化」や「放射性廃棄物」という負の資産をもたらしました。人は利己的な遺伝子を持って生まれています、この本能に抵抗できるのは英知と博愛という

  利他的な精神だけです。周りの細胞や個体の利益のため、犠牲死のシステムを確立したミトコンドリアの様に、人類は今、秩序ある繁栄の道を歩むことが求められています。