病気の9割は自分で治せる

  ●医者のジレンマ

  時間に追われ、診療に忙殺されている最中に、しばしば、ただもうマニュアル通りに機械的に「さばき」ながら、医者としての存在意義はどこにあるのかという疑問が

  わいてきます。人間というよりも、型通りの検査を指示したり、決まった薬の処方箋を出したりするだけの機械のような、そんな気がしてくるのです。何故なら、要求される

  のはスピードと正確さで、人間味や人間的な”あいまいさ”や“さじ加減”は必要とされません。如何に間違わずに検査をオーダーして、間違わずに薬を処方するか、

  と言うことです。もちろん医者に正確さが大切なのは、分かっているが、それならいっそのこと、コンピューターに医者をさせれば、より正確で手っ取り早いと思います。

  また、このようなマニュアル通りの診察を受けて、果たして患者はどれだけメリットを感じているのだろうか、という疑問もわいてきます。唯、習慣として、或いは、日課として

  受診しているだけなのではないかと不安にもなります。患者の良き話し相手にすらなっていないのです。経営の採算を考えると、1日に少なくとも40〜50人は診なくては

  ならず、そうすると1人1人をゆっくりと診ることもできません。多くの医者はこんなジレンマに陥っているのです。

  ●日本の医療は薄利多売

  一方、医院や病院の経営は、日増しに厳しくなってきています。従来から日本の医者の技術料は低く設定されています。唯、以前は、薬価差益と言うものがありました。

  つまり、技術料は安く設定する代わりに、医者は薬を打って儲けなさいという暗黙の了解があったのです。その為か、日本は世界で1番の薬消費国になった?

  昨今は薬価差益もなくなり、しかも技術料も低く改定され続け、まさに八方塞がり、踏んだり蹴ったりと言うのが、医療業界の現況なのです。今や医院も病院も

  患者の“数”で儲けを確保するしか生きる道がありません。この結果“薄利多売”の医療構造が常態化しているのです。日本の医療は、質ではなく量(数)なのです。

  質にこだわっていたら倒産必至です。薄利多売の構造でもって、辛うじて経営が保たれているこの危うい医療構造を正さない限り、理想的な医療は望めません。

  皆さんの命すら、この薄利多売という危うい医療構造においては、まな板の鯉なのだということを知っておく必要があると思います。

  ●病気は3つのカテゴリーに分けられる

  病気の状態を大まかに分類すると、次の3つのカテゴリーに分けることができます。

  カテゴリーT:医者が関わっても関わらなくても治癒する病気   カテゴリーU:医者が関わることによって初めて治癒に至る病気   カテゴリーV:医者が関わっても

  関わらなくても治癒に至らない病気     開業医や市中病院の医者が日常茶飯事で遭遇する疾病の殆どは、カテゴリー1に当たります。その比率は少なくとも70%以上。

  多ければ90%以上だと思います。そこで疑問に思うのは、本来ならもっとカテゴリー2が多くていいはずです。なのに、何故日常診療では、あまり遭遇しないのか

  ということです。因みに、カテゴリーTの疾病は、「喜劇の病気」のことです。カテゴリーTの患者は、視点を変えれば非常に「おいしい患者」です。「おいしい患者」とは

  医者がいなくても治る人は治っていた患者です。手間はかからず、薬を飲み続け、診療にも繰り返し来てくれる患者です。こうした患者が猛烈な勢いで増えすぎた為に、

  カテゴリーUの患者の存在を医者達も忘れかけているのではないかと、思われます。