嚥下障害の高齢者の食事と食形態の工夫

  わが国の急性期総合病院に入院する者の20〜30%、ナーシングホーム入所者の59%は、正常な摂食・嚥下ができないと言う報告がある。

  高齢者の栄養リスク要因に低栄養状態、脱水があり、さらに肺炎による死亡の70%は誤嚥性肺炎が関与している。

  一般に食物は口腔相で咀嚼そしゃくしてゲル状の食塊形成をつくる。食塊は咽頭相を約0.5秒で瞬時に通過し、第3層である食道相を経て

  胃に送られていく。この過程に異常が起こることを嚥下障害といい、食塊が気道に入ることを誤嚥という。この誤嚥と咽頭残留が

  誤嚥性肺炎や窒息の原因となり、嚥下食の目的はその予防にある。

             ▲ 嚥下食の物性的条件                                                

  1.密度が均一であること。    2.適当な粘度があって、バラバラになりにくいこと(砕けた食塊は誤嚥になりやすい)

  3.口腔や咽頭を通る時に変化しやすいこと    4.表面が滑らかですべりやすいこと(速やかな咽頭通過)

   これらの条件を満たす食品にゼラチンゲルがある。

             ▲ 嚥下障害を防ぐ方法

  「口から食べる」ことは脳の2/3を使うことになり、従ってリハビリにも繋がる。また患者の日々の生活を豊かにし喜びでもある。

  そのため、嚥下食では、傷害のレベルに合わせ層別化された患者に対し、変形と流動を基礎とした形態から5段階で摂食訓練を行う。

  異なる物性を持つ食事で段階的に訓練することは、患者の生活の質の改善を促すことにつながる。

  嚥下食の調理に厳密に配慮することは「品質管理」である。摂食訓練ではその料理がいつも同じように調理され管理提供されることが必須となる。

  また、温度管理が特に重要である。例えば、でんぷんは温度が30℃以下になると物性が変化し、流動性は低下、危険な食品となり得る。

 誤嚥予防の食材として最適な物にコラーゲンを加水分解してつくるゼラチンがある。ゼラチンは熱可逆性があり温度20

    以上ではゲル化が始まり、30℃前後で内部がゲルとなる。咽頭残留や誤嚥したとしても体温で溶解されリスクは低い。

  また、口腔・咽頭内温度で表面が適当に溶けるため、咽頭内を素早く通過してくれる。

         ・嚥下食を規定する5要素

  摂食・嚥下訓練では、不適な食物を与えることによる、患者へのリスクをできるだけ排除するために、嚥下食を

  @官能テスト  A嚥下造影検査  B嚥下内視鏡検査  C動的粘弾性測定  D調理作業 の5つの要素から厳密に規定する。

  官能テストでは試作された嚥下食を食べ、嚥下食5段階のいずれに採用可か不可かに振り分ける。

  次に患者に提供することの良否を確認する。嚥下造影検査では模擬食品を用い、嚥下内視鏡検査では、実際の食品を用いて

  検査が行われる。動的粘弾性測定では、物性的側面から、嚥下食の適否を定量化することができる。

         嚥下食の5段階分類

  開始食 → スライス法で咽頭部をスムーズに通過するもの       食塊が小さな力で大きく変形する必要性(均質性) 

  例:(100㎖ 100kcal) 開始食はスライス法で、重力だけで咽頭部をスムーズに通過するものでお茶や赤ぶどう、オレンジ、

   りんごなどの果汁を用いたゼラチンゼリー食である。ゼラチンゼリーの濃度は通常調理で用いる材料の総使用に対する

   ゼラチンの%を使い(100gのジュースに1.6gのゼラチン)基本濃度は1.6w(weight)/w%とし24時間冷蔵庫で熟成。

     保存温度は2〜5℃、提供温度は10℃、喫食温度は15℃である。    

  嚥下食T → 粘膜への付着性が低くスライス法で”べたつき””ざらつき”のない物性     同上

  例:(300㎖  150kcal)  食物繊維が少なく粘膜への付着性が低いゼラチン寄せが中止になる。 

   不足しがちな微量栄養素は栄養補助飲料をゼラチンで固めて提供する。 

  嚥下食U → 嚥下食Tより粘膜の付着性が高く”べたつき””ざらつき”が多少ある物性       同上

  例:(500㎖  300kcal) 食物繊維が多く、粘膜付着性が嚥下食Tに比べやや高いゼラチン寄せが中心である。

   品数も増えゼリー状であるものの選択の幅が広がる。ヨーグルトは食材に観点が少量含有され、ゼラチンゼリーとは異なる

   ため、嚥下食Uに分類した。また、水溶性食物繊維であるペクチンも嚥下食Uとした。寒天同様、多糖類もゼラチンとは

   物性的には異なるためである。温泉卵は卵黄、卵白ともに半熟とする。  

  嚥下食V → ピューレ状のものを追加し、流動部分が均一になるように調整         不均質性

  例:(ピュレ食 個々に合わせ2000 1400〜2000kcal)    ピュレ、ムース状、汁物にはソフティアなどでとろみをつける。

     とろみ茶は舌で押しつぶした時、食塊がくだけ、バラバラになるものはここに入る。生クリームや油脂等を加えることにより、芋類

     や穀類のマッシュも提供できる。エネルギー算出は個々の身長、体重、性別、病態に対応した「ハリスーベネディクト計算式により

     算出し、活動係数、傷害係数を考慮し個人に対応した栄養必要量としたい。

  移行食 → 刻みより一口大とし、形のあるものに調整                    同上 

   介護食に移行する前の食事である。刻むのではなく「一口大」や「形あるもの」とする。水分には必要ならばとろみをつける。

   水分含有量の少ないものは避ける。果物はイチゴ、メロン、桃、完熟キーウイーフルーツなどは生での喫食も可能となる。

         スプーンのすくい方で異なる誤嚥や咽頭残留

 

  スプーンは小さく(6mm)深さ、幅が小さいものがよい。

  山型法(原型)

  崩し法(食隗)

  スライス法は砕き法に比べ誤嚥や咽頭残留が有意に低下する。

 

              ▲ おいしい嚥下食の調理法

  開始食から嚥下食T、Uは厳密な品質管理で調理されねばならない。このためには計量、機器類の選定、温度と時間によるレシピ、

  さらに動的粘弾性や官能検査などによりレオロジー的な裏ずけを行い科学的把握を行う。

  第1は計量、第2は温度管理が重要である。食材はその食材のおいしさを引き出す温度帯があり、魚類、肉類、卵類などのたんぱく質

  食品における嚥下食品としての適否は調理温度が決定要因になる。たんぱく質は58℃で凝固開始、68℃で離水が始まり、

 その結果食材は固くなる。食物繊維は93℃で繊維の分断開始となる。米の粥化は60℃で開始し、98℃20〜30分で粥化が完成する。

  開始食、嚥下食T,Uでは、とくに温度と時間でレシピを規定しデータを出し、安全かつ、再現性ある食品としたい。

  嚥下食Vでは調理されたものにだし汁を1〜2倍加えミキシングし、ゼラチンを1.6w/w%加え、調整した後冷却させゲル化する。

  冷却時間は構造安定時間を考慮し、2〜5℃で5時間以上とする。なお、クイックタイプのゼラチンはそのまま使える。

  ゼラチン加熱温度は65℃で30分を基本とし、80℃以上では高温によるたんぱく変成が起き、ゼラチン臭が生じ、味の低下を

  招いたりゲル化しにくい。

  増粘剤の利用では嚥下食V以降でとろみ茶や味噌汁に用いることが多い。製品により濃度、増粘効果が違うので各々に

   対応した適量とする。ソフティアは温かくてゼラチン風ゲルを保つ優れた増粘剤である。ただし、ダマができないように

   攪拌することと、時間の経過とともに物性がべトつき(粘着性と粘度が増す)危険食品になりかねないので使い過ぎに十分

   注意したい。また、ゼラチンに比べ味の変化、香りの低下があり、嚥下食にはゼラチンの優位性がある。

                     ▲ 真空調理と嚥下食の保存 

  真空調理は食材と調味料を専用フイルムに入れ、真空パックにより熱伝導を良くし、低音で沸騰させ調理する。真空調理された

  物を急速冷却し、チルド帯(0〜3)や冷凍により保存ができる。保存期間はチルド帯で5日間、冷凍で1ヶ月保存でき食味は

  大変よい。また、酸素を約98.5%カットするので酸化による劣化も少ない。

  嚥下食を調理するのは大変手間がかかり、とくに在宅で介護に疲れた家族にとって困難を極める。そこで真空調理を使えば

   大幅な省力化ができる。1週間に1回、家族が見舞いに来たときにまとめて作っておいて保存し、必要に応じて使えば

   家族にとって在宅介護の道が拓ける。また病院や施設においても同様にまとめて調理・保存しておけば、おいしく盛り付けて

   提供することができる。昼間の空き時間を利用したパート者による調理も可能となる。

          ▲ 食事介護の基本と留意点

  高齢者は食べたつもりでもしばしば咽頭に残留し、その後就寝時に誤嚥することがある。これを予防するために「交互嚥下」

  を行う。例えばお粥を食べた次にゼラチンゼリー、次にじゃがいも、次にゼラチンゼリーというようにゼラチンゼリーを

  交互に食べさせることで咽頭残留物を除去する方法である。従って、食事の最後は必ずゼラチンゼリーによるデザートを用いたい。

   一口一口ゴクンと飲み込んだことを確認することが食事介護の正否を決める。色鮮やかで香りがある食事。嚥下食は会席料理や

   フランス料理にみる「軟らかい食事」である。刻んだり、ベトベトする食事は介助者側の都合によるもので、おいしい

   嚥下食とはほど遠い、またおいしい嚥下食は口腔ケアができていて初めて、おいしい料理となることを忘れてはならない。  

                  ▲ 調理の実際例

  

    開始食 → グレープゼリー(3個分)  エネルギー52kcal  たんぱく質1.8g 

      材料:ゼラチン 5g、グレープ果汁(赤) 300g

          作り方: 鍋にぶどう果汁300gを入れ、ダマができないように軽く撹拌しながら加え加熱する。

  鍋の淵が泡だってきたら火を止め、鍋ごと冷水で冷やし租熱をとる。これを容器3個に入れ冷却(2〜6 ,24時間)

  嚥下食T → 豆腐のみそ汁ゼリー(3個分)  エネルギー60kcal  たんぱく質5.7g

               材料:みそ汁 300 g、ゼラチン 5g、絹ごし豆腐 150g

          作り方:鍋にみそ汁(汁のみ)300gを入れ、ゼラチン5g(市販T袋)加え、軽く撹拌。

  鍋の淵が泡だったら豆腐(細の目にカット)を入れ再び淵が泡立ったら火を止める。  

   

   嚥下食T → 重汁ゼリー(3個分)  エネルギー70kcal  たんぱく質2.7g

                  材料:重湯 300g、ゼラチン 4g、鯛味噌 20g

      作り方:重湯は米1に対し水10倍でコトコト煮て作っておく、これを鍋に入れ、ゼラチンを加え、

  鍋の淵が泡立ったら火を止め、アクを取り、容器に入れて冷却(2〜5℃<24時間)。提供時に鯛味噌をつける。

  応用1 → 豆腐みそ汁ゼリーの応用例     材料:南瓜や魚など

    作り方:固形物はミキシングしてだし汁の1.6w/w%のゼラチンを加え加熱(65 ℃,30分)冷却(2〜5℃,24時間)

 応用2 → 重湯おもゆゼリーの真空調理法での作成例    材料:重湯ゼリー

  作り方:米T:水7、塩0.3%の割合で真空パッキング用専用フィルムに入れ、真空パッキングし、95 ℃で60分加熱し

    重湯を作りこれに1.3w/w%のゼラチンを加え、加熱(65℃,30分)し冷却(2〜5℃、24時間)する。「鯛味噌」を添え

    提供する。鯛味噌の代わりに辛子明太子とオリーブオイルでペーストにしてもおいしい。

  嚥下食V → とろみ茶  エネルギー150kcal  カテキン 55g

              材料:茶(抽出物)150㎖    スルーソフトS 2g

            作り方:茶150㎖ (粉末緑茶)0.3gの中に増粘剤スルーソフトSをゆっくりかき混ぜながら加えていく。

  さらにかき混ぜ4〜5分で出来上がる。スプーンですくい落とした時に途切れず流れるようにする。

  増粘剤を使い過ぎてボタボタとなるのは危険。

  嚥下食V → おいしいフレッシュバナナ  エネルギー150kcal  たんぱく質1.6g

               材料:バナナ 1本            

             作り方:高齢者はバナナが大好きである。バナナはかわごと手で押しつぶすと簡単においしく粘らないバナナが食べられる。

    先に皮を剥いでつぶそうとしてもうまくつぶれない。