健康寿命120才説

  ◎長寿郷を訪れる理由

  1975年から40年間、これまで67回長寿郷の現地調査に行っている、88才の森下博士はいまなお長寿郷調査への情熱が衰えません。きっかけは、大学研究室で「胆癌動物」の

  研究に没頭していました。癌をモルモットに植え付け、その癌を縮小させるにはどんな食物がいいのか、研究していたが、うまくいかない。癌を作るのはそれほど難しくないが、

  でも、胆癌動物の治すのは非常に難しい。さんざん手こずっていました。当時、同年輩の癌の患者が圧倒的に多かった。彼らを玄米菜食にしたら本当に3ヶ月ほどで治っていった。

  動物実験で手こずっていたのに、人間の癌は簡単に治る。どうしてだろう?という疑問があった。そんな時「世界の長寿者はどんな食事や生活をしているんだろう?それで、すぐ世界の

  長寿地帯を調べた。今ならインターネットで調べられるが当時は「自分で行ってみるしかない!」となり、文献を調べ調査ターゲットを決めた。その当時、グルジア(現ジョージア)が

  最長の長寿地域とされていて、現地にも長寿研究所があり、早速そこを訪ねた。長寿村を訪ね、彼らの食生活を検討した、そして、「これは日本でやっている「癌治し」「慢性病治し」

  と基本は同じだと気ずいた。だから「癌を治す」という食生活の内容も、人間の天寿である150才を全うさせる食事とイコールであるということが分かった。1970年代にはじめた当時、

  150才が世界最高長寿でした。それ以降、19809年代は140才、1990年代は130才、2000年は120才と、どんどん最高長寿年齢が縮んでいます。これは、今の西洋文明が反生命的

  文明である、つまり生命を育てる自然文明ではなく、生命を阻害する機械(物質)文明であるということを証明するものです。長寿郷の解明は、現代文明批判になるんです。

  統計学的データでは本質はつかめず、現地を訪ね、長寿者たちから直接話をうかがうフィルードワークが一番大事です。国内の長寿村の調査については、沖縄が1位であったのが

  今では平均寿命は男性は30位くらいに下がっている。短命県になったのは、ファーストフードの浸透など食文化の変化で、食べ過ぎ、肉の摂り過ぎで、肥満がどんどん増えている。

  女性は3位を保っている。日本の男性の食生活は、最近では、痩せるためといって、炭水化物・糖質カットの食事を勧めているが、どういうわけか、沖縄のドクターに多い。本土で学び

  沖縄で開業している医師たちです。「糖質カット」「炭水化物を摂るな」は「肉を食え」「脂を食え」ということで、「年をとったら肉を食え」「癌患者は肉を食べろ」という医者の言い分は

  マサイ族やイヌイットなど先住民は肉を食べているからと言う。肉しか食べるものがない種族であって彼らは短命でしょう?人間の歴史を考えると分かります。かって、海底火山が噴火し

  灼熱の陸地の温度が下がった時、進化した海の中の生命体のうち、最初に丘の上に這い上がれたのは4次元的生命の植物です。先にシダ類、コケ類など植物が陸地に繁茂した。

  そこは、海中とは違った景色が広がってきます。海の中のような浮力がない、重力がかかる。太陽の熱が強烈で、そういう新しい環境にも植物は適応した。針葉樹、広葉樹など

  花の咲く植物も、最初は存在しなかったが植物自体も新しい新天地に適応し、姿を変えてどんどん繁殖していった。植物が先に陸の新天地に適応し、馴化(じゅんか)し、地上を征服することに

  成功した。動物は、それから何千万年もたって、古世代デポン紀の終わりに頃にようやく上陸することに成功する。雨が降り出すと何年間もやまないとか、日照りが何年も続く。

  海面が100m近く上下して、その時期に海岸線に池や沼や湖が沢山できた、大変な時期で、魚の一部が取り残された。だんだん水分が蒸発して塩の泥濘(でいねい)となった。

  魚はその中で、悪戦苦闘して、胸ビレが前肢、腹ビレが後肢になり、エラが退化して、浮き袋が肺に変化していった。彼らは塩に対する抵抗力をつけないと生きられなかった。

  こうして適応して陸の上に這い上がることができた。両生類や爬虫類等の前身である。こうして陸の上で進化した動物たちは、光合成で作り出された炭水化物を餌にしたのです。

  だから、地上の動物はそもそも全部、草食・菜食性、つまり糖質性なんです。糖質を食物として生きる動物だけが、上陸に成功して、地上の生活が許された。だから、今、「塩分カット」
  
  とか「糖質カット」とか言っているのは、医学者たちが、生命の起源を知らないということです。狩猟民族は生存の為に、やむを得ずに動物を食べたわけです。しかし、現代の肉食とは違い

  彼らは血を大事に考え、真っ先に飲んだ。あと腸の中に残っている未消化の植物を真っ先に食べた。肉食のライオンはシマウマを襲う、まず腸の中の草を食べる草食なんだ。

  縄文人は元気だったが皆短命だった。長寿郷調査で分かったのは、140~150才まで生きている人たちは全部、炭水化物中心の食事、穀物中心です。今の長老の幼年期、成長期には

  肉や牛乳なんてなかった。年をとって今頃になって肉を食べても影響はない。幼少期にどんな食生活をしたか、それが、寿命に決定的な影響を与えるのです。