医療を治療する(医者にNo!と言う為の55の知識)

    ●入れ物主義の老人介護保険施設

  全く新しい施設だが、病院に比べれば圧倒的に入所者1人当たりの床面積は広いので、ゆったりした空間があって、これならきっと満足のいく介護ができると思われた。

  既存の病院が如何に狭く汚く、患者の住環境というものを、無視して作られてきたかを、嫌というほど見てきたからだ。しかし、介護施設と言うことで色々な規制を受ける。

  高血圧症や糖尿病といった慢性の病気の投薬は、自分の施設で薬を購入して出さねばならない。健康保険を使って処方できないのだ。他の医療施設から移ってくる

  人は、かなりの薬を飲んでいる為に、薬代が結構経営に影響してしまう。余計な医療費を削減すると言う狙いがあるのだろうが、脳卒中に糖尿病、パーキンソン病など

  の合併症があれば、薬を減らしきれない。この状況では薬で治療しなければいけない人は、断るしかない。逆に薬で治療する病気は殆どなく、いわゆる社会的入院の

  人が多いのにも驚く。家族が働くので、介護できない等、社会環境の変化によって介護施設の意味合いも変わってきたのだ。以前は老人病院がこの役目をしていた。

  開設して、数か月が経ち、予想もしない入居者の状況に驚くと同時に、今の介護施設の問題点も気がついた。入所者の中には、80歳以上の比較的元気な高齢者も

  多く、1日、話し相手もなく車椅子に座っている姿を眺めていると、何の為の施設なのか考えてしまう。元会社社長や教授と言った人達は、もともと大勢の中で暮らして

  来なかった為に、ゲームなどにもなかなか参加しない。無論幼稚園の様な、ゲームが面白いわけがない。リハビリと言っても社会復帰を目指すわけではなく、日常の

  動作の自立が目標になる。しかし、スタッフが足りない為に、そんなにリハビリをしっかりやることは難しい。介護施設では、リハビリより、入所者の生き甲斐を見出す

  手伝いをしないと、何の為の介護施設なのか目標を見失いかねない。確かに、施設は立派であるが、個人の心のケアまで、本当にできるのか、不安になってくる。

  今の医学教育は、病気の治療中心の知識が詰め込まれているから、こういった施設で働くことに抵抗がある。医者の教育も変えていかないと、本当の意味で介護施設

  は役立っていかないのではという気がする。更に最大の問題点は、介護施設が余りに作る側の、勝手な思い込みで作られていて、入居者がどう反応するか全く考慮

  されていないのではと感じる。つまり管理しやすく設計されている為に、プライバシーが保ちにくいとか、日中時間をゆっくり過ごす場所がない。4人部屋が中心で作られ、

  どうしても中が汚くなってしまう。やはり部屋は全部個室にして、個人の生活様式に合わせた介護でなければ、そこに心は通わない。何もホテルの様な構造にする

  ことはなく、もっと日本的で昭和30年代の家の様であってもよかったはずだ。日本の公共施設は、補助金も出るので入れ物だけを立派に作ろうとし、介護職員がゆとり

  を持って介護できる環境かどうか、職員に十分な報酬が払われているのかという言う問題のほうが、余程本質的である。介護施設を経営する側はもっと高い志を持って、

  かなりの医療の経験がなければ、本当の意味での介護施設は出来ない。街全体が介護施設という位、空間が広く、より多くの人が参加できるようなものでなければ、

  唯、介護する人を集めて、管理しやすくすると言う施設をいくら作っても誰も喜ばないだろう。介護施設に入所している人の希望を聞くと、ボケた人も含め、「家に帰りたい」
 
  という声が圧倒的だった。それに全く応えられない施設など、何の意味があるだろうか。

  ●変わらない地方医療の現実

  都会では医療の競争が激しいので患者が集まらず、開業医の経営が難しい。しかし、都会周辺の地域では、未だに救急病院は1つか2つである。それも大学病院の

  救命センターの様に、すべての診療科目で対応しているわけではない。地方の開業医では、患者を病院に送りたいと思っても、選択の余地がない。受けてくれる病院
 
  は、決まってしまうので、限られた病院へ送るしかない。結局、病院間の競争がなく、小さな病院が地域の医療を独占することになり、高額納税者のリストに顔を出す。

  また地方の大学病院は1つしかなく、医療情報の公開はないので、大学病院という看板を信じるしかなく、結果として、完全に地域の医療を支配してしまう。だから、

  医療機関同士の競争が起こらないので、それが医者のおごりを作る。そして、患者の家族が詳しい説明を聞いても「特に変わりはない」と済まされてしまう。医者に

  嫌われてしまうのを恐れてこれ以上聞けないのだ。医療改革だの、医療の市場原理等と言うが、それは病院が沢山ある都会での話で、地方都市周辺の医療事情は、

  これが現状なのだ。介護の医療は20年前より改善された。それは介護施設が増え、競争原理が働いていることが大きく影響している。しかし、地方の医療の根本的な

  改革は、とても期待できる状況ではない。未だに医療を受けられるだけで、いいと言うのが実情なのだ。

  ●名医の条件は”ゆとり”のある診療から生まれる

  患者が名医とかいい医者の条件として挙げるのは、「十分に話を聞いてくれる医者」「納得がいくまで説明してくれる医者」というものが多い。専門医とか医学博士で

  あると言うことを、患者が名医の条件として挙げることは殆どない。話を十分に聞き、説明をしっかりするには、結局、医者側に時間的な余裕が必要である。大学病院の

  様に午前中3時間で、50名もの患者を診るようなところでは、診療時間は3分を切るので、満足のいく医療など出来るはずがない。午前中20名ならゆったりとした診療

  ができる。天候の話から始まり、家族の話、丁寧に病気の説明をし、血圧を測るという具合。途中で患者の話を切って、次の患者を診察室に呼ぶというようなことは、

  殆ど起こらない。患者は好きなだけ話をしていき、介護する人は介護のつらさを聞き、患者の訴えに耳を傾ける、認知症の家族の苦労話を聞く、等々、聞き役に徹する

  事が充実した診療になる。大学病院なども専門性を高め、外来患者数を減らし、じっくり納得いくまで説明できる時間を作るべきだが、そんなことしたら、病院の経営が

  成り立たなくなるのが、今の医療制度のおかしなところだ。