(続)間違っていた健康常識

    ◎健康に関わる常識
健康の反対は病気である? 毎年健診を受けていれば大丈夫?
便秘は体質であって病気ではない? 平日の睡眠不足は休日寝溜めで解消?
口の内側は身体の中である? リラックスすればするほど身体にいい?
何も症状がなければ健康と言える? 冷暖房はエアコンと加湿器でばっちり?

  ●健康の反対は病気である?

  こういう見方は、一見当たり前のような気がするかもしれないが、もしそういう気がするとすれば、西洋医学の洗脳を多分に受けてると言わざるを得ません。

  このテーマは×です。西洋医学の致命的な欠陥の1つに触れておきましょう。西洋医学は、病気を診察するのを超得意とする学問です。先ずは病名を決めてしまい、

  それから治療に専念すると言うのが、西洋医学の常道です。至極まっとうな学問のように聞こえるが、西洋医学は病名が決まらなければ治療は行わない。或いは

  行えない医学なのだともいえます。はっきりとした病気になって、ちゃんと病名が決まらないと、治療は始まらないということなのです。つまり、最先端の医学と言わ

  れる西洋医学こそが、健康と病気の線引きをしている張本人だということになるのです。

  ▲“未病”から治療を始める東洋医学 

  一方、西洋医学とは全くの対極に位置する東洋医学の考え方では、健康と病気の間に、はっきりとした境界を設けていません。健康と病気の間に”未病”と言う曖昧な

  ジャンルを設けているだけです。東洋医学では、健康とは言えないけれども、はっきりとした病気とも言えない様な、健康と病気の間の、少し健康度を損ねた状態を未病

  と呼んでいます。そして、東洋医学では、この未病の段階で、すでに治療を始めるのです。より正確に言えば、まだまだ健康の段階であっても、近い将来起こりうる

  健康度の低下に備えて、あらかじめ健康度を高めておこうという発想です。こういう医療は、あまり知られていないと思います。いかにも、西洋医学が医学の最先端を

  突き進んでいるというイメージで、東洋医学など時代遅れという考えをお持ちの方もいらっしゃいかもしれないが、それは大いなる勘違いです。但し、どちらが優れて

  いるかという問題ではありません。いずれも優れたところがあり、それぞれのいい部分を良く知って、それをうまく活用すればいいだけのことです。 

  ▲全ての人が病気だという考え

  このように考えるのです。唯その度合い、病気度(裏を返せな健康度)の違いがあるだけだと捉えると、非常にシンプルになります。何故なら、人生が坂道を駆け下りて

  いくように、健康度も生まれた瞬間を頂点にして、年を重ねるにつれて坂を下っていくが如く、低下していきます。特に40才を超えると、坂道をそれこそ転げ落ちるかの

  様に加速度を増しながら低下していきます。従って、そのまま手をこまねいているだけで、何も対処しなければ、一気に健康度は低下してしまいます。元気で長生き

  できる確率が、いたずらに低下していくばかりです。そうであれば、坂道の勾配を緩やかにしてみようという発想は、誰にでも普通に芽生えることです。しかし、西洋医学

  には、病気になって初めて出番と言う発想に立っているから、この普通の発想が全くありません。これこそが、西洋医学の最大の欠陥です。

  ▲40才は人生の峠
 
  ですから、西洋医学だけにこだわらず、積極的に東洋医学も取り入れ、西洋医学の致命的な欠陥を補わなくてはりません。でなければ、日本の医療が不充分のまま

  です。従って、「健康の反対は病気だ」「病気になれば医者にかかればいい」などと悠長なこと言っていると、痛い目に遭うかもしれません。もし40才を超えていたら

  「自分が健康だというのは幻想にすぎない」「自分たちは常に坂道を下っているのだ」と肝に銘じておきましょう。自助努力をし、健康度を高めておかなくては近い将来

  きっと損するかも知れない・・・。と思って過ごしましょう。